大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(ワ)5279号 判決 1987年11月24日

原告

武田博孝

右訴訟代理人弁護士

小口恭道

寺崎昭義

海渡雄一

角尾隆信

宮里邦雄

森井利和

長谷一雄

斉藤健児

渡辺正雄

青木信昭

水嶋晃

北村哲男

福田拓

南木武輝

横田幸雄

伊藤まゆ

浅野憲一

相原英俊

渡邉千古

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

半田良樹

外三名

主文

1  被告は、原告に対し、一三万二五八二円及びうち一一万二五八二円に対する昭和五八年四月五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

4  この判決は仮に執行することができる。

5  被告が一五万円の担保を供するときは、前項の仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二四一万二五八二円及びうち二〇一万二五八二円に対する昭和五八年四月五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

(違法行為)

1(一) 全日本交通運輸労働組合協議会(以下「全交運」という。)青年婦人会議は、昭和五八年四月五日午後二時ころから、東京都港区芝公園三丁目所在の芝公園二三号地において、「八三国民春闘政治決戦勝利、反核、反安保、反合理化、行革粉砕、全交運青婦会議四・五中央総決起集会」(以下「本件集会」という。)を開催し、さらに、同日午後三時三〇分ころから同六時ころまで、右集会参加者によるデモ行進を右集会場から日比谷公園へ至る区間で実施した。

(二) 本件集会には、国鉄労働組合(以下「国労」という。)、国鉄動力車労働組合(以下「動労」という。)、日本都市交通労働組合、日本私鉄労働組合総連合及び全日本運輸産業労働組合連合会の組合員らが参加した。

(三) 原告は、東京弁護士会に所属する弁護士であるが、本件集会の主催者の要請により、小口恭道、寺崎昭義弁護士とともに、本件集会及び本件デモ行進に対する警視庁機動隊の規制行為を監視するため、本件集会及び集会場からデモ解散地である日比谷公園へ至る区間の前記デモ行進(以下「本件デモ行進」という。)に付添つた。

(四) 同日午後五時一〇分ころ、本件デモ行進の国労横浜支部の隊列が、日比谷公園西幸門(以下「西幸門」という。)に入るため、日比谷中日ビル前路上を右折した際、右路上において、右デモ行進の規制にあたつていた警視庁機動隊所属の警察官(以下「機動隊員」という。)のうち、原告の約二メートル前方にいた機動隊員が、所持していた長さ約1.2〜1.3メートルの木製棒で、原告の頭頂左前部付近を一回殴打する暴行を加え、原告に加療一二日を要する長さ約四センチメートルの頭部挫創の傷害を与えた。

(故意)

2 前記1(四)の機動隊員の行為は、被告の公務員がその職務を行うについて故意に行なつた違法な行為である。

(損害)

3 原告は、機動隊員の前記1の違法行為によつて、次のとおり合計二四一万二五八二円の損害を被つた。

(一) 原告は、前記傷害の治療のため、合計一万二五八二円を支出した。

診療費 二〇七〇円

注射料 三三三円

投薬料 一九八六円

X線写真料 六〇三円

処置料 一五九〇円

文書料 六〇〇〇円

(二) 原告は、機動隊員の前記1の行為により、精神的苦痛を被つた。この苦痛を金銭によつて慰謝するには二〇〇万円が相当である。

(三) 原告は、本件訴訟代理人らに対し、本訴の提起、追行を委任し、その報酬として四〇万円を支払うことを約した。

(結論)

4 よつて、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、損害賠償として、二四一万二五八二円及びうち二〇一万二五八二円に対する違法行為の日である昭和五八年四月五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について

(一) (一)及び(二)の事実は認める。

(二) (三)の事実のうち、原告が、東京弁護士会に所属する弁護士であることは認め、その余は不知。

(三) (四)の事実のうち、同日午後五時一〇分ころ、本件デモ行進の国労横浜支部の隊列が、西幸門に入るため、日比谷中日ビル前路上を右折したこと、機動隊員が右路上において、右デモ行進の規制にあたつていたことは認め、その余は否認する。

日比谷中日ビル前路上の国労横浜支部の隊列が、日比谷中日ビル前路上を西幸門方向へ右折した際、デモ隊員が機動隊員を殴打する公務執行妨害被疑事件が発生し、機動隊員は右事件の被疑者の検挙活動を行なつた。そのとき、原告と思われる者が右被疑者のひざや足首付近を引つ張るなどして右検挙活動を妨害しており、原告が負傷したとすれば、その際前のめりに転倒し、機動隊員の携行する大楯の角あるいは側端にぶつかるなどして受傷したものである。

当日、原告主張の木製棒なるものを携行して警備に従事した機動隊員は全くいないのであるから、機動隊員がこれによつて原告に暴行を加えることはありえないものである。

2  請求原因2の事実のうち、機動隊員が被告の公務員であることは認め、その余は否認する。

3  請求原因3の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一1  請求原因1の(一)(二)の事実及び(三)のうち原告が東京弁護士会に所属する弁護士である事実は当事者間に争いがない。

2(一)  <証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、小口恭道弁護士(以下「小口弁護士」ともいう。)、寺崎昭義弁護士(以下「寺崎弁護士」という。)とともに、本件集会の主催者の要請を受け、本件集会及び本件モデル行進に対する機動隊の規制行為を監視するため、本件集会及び集会場から東京都千代田区所在の日比谷公園へ至る区間の本件デモ行進に付添つた。

(2) 本件デモ行進は、東京都港区西新橋一丁目交差点、日航ホテル前交差点、内幸町を経由し、千代田区内幸町二丁目一番四号所在の日比谷中日ビル前路上を右折して西幸門から日比谷公園に入り、同公園内で解散するというもので、合計約六〇〇〇名が参加し、同日午後三時三〇分ころ、動労の組合員の隊列を先頭に、国労、日本私鉄労働組合総連合、日本都市交通労働組合、全日本運輸産業労働組合連合会の各組合員の隊列の順に、前記芝公園の集会場を出発した。

(3) その際、小口弁護士は全デモ隊列の先頭、原告は動労の隊列の後、寺崎弁護士は全交連事務局次長の木藤寿夫(以下「木藤」ともいう。)とともに本件デモ隊列の後尾に、それぞれ付添つて出発した。

(4) 西幸門及び日比谷中日ビル前の路上には、同日午後四時三〇分ころから、警視庁第一機動隊第一中隊(以下「第一中隊」という。)及び第五中隊(以下「第五中隊」という。)の機動隊員が、中央分離帯をはさんで道路を横断する隊形で、西幸門側に第五中隊、日比谷中日ビル側に第一中隊が位置し、本件デモ行進の警備にあたつていた。このうち、第一中隊は、二列又は三列の横隊で機動隊員が並び、最前列の機動隊員はジュラルミン製の大楯を構えていた。

(5) 午後四時四〇分ころ、本件デモ隊列の先頭が西幸門に到着した。原告も間もなく西幸門に到着し、既に到着していた小口弁護士や、その後到着した寺崎弁護士及び木藤とともに、後続のデモ隊列が日比谷中日ビル前を右折する度に、デモ隊と機動隊との間で混乱が生じないよう、デモ隊と機動隊の間に入つて監視をしていた。

(6) 午後五時一〇分ころ、本件デモ隊列のうち、国労横浜支部の組合員合計約四〇〇名の隊列が二隊(以下、前の隊列を「第一梯団」、後の隊列を「第二梯団」という。)に分かれて、右側に機動隊の隊列(以下「並進機動隊」という。)に伴われ、日比谷中日ビル前路上にさしかかつたが、このときの日比谷中日ビル前路上における状況は別紙図面一のとおりであつた。

(7) 第一梯団が日比谷中日ビル前を右折して日比谷公園西幸門から公園内に入つたのに続き、第二梯団が日比谷中日ビル前で右折を開始した。第二梯団は、四列又は五列でスクラムを組みながら、別紙図面二で示すように、第一中隊と並進機動隊にはさまれた形で、機動隊員の所持する大楯にぶつかつたり、あるいはこれを足で蹴りながら進み、一方機動隊員はこれを押し返すなどしていた。原告は、同図面の点から矢印方向へ、すなわち、道路の中央からデモ隊と第一中隊の間へ進んで、デモ隊列が機動隊員と接触せずに西幸門方向へ流れるようデモ隊を西幸門方向へ押していた(以上の事実のうち、国労横浜支部のデモ隊列が、午後五時一〇分ころ、日比谷中日ビル前路上を右折したこと、機動隊員がデモ行進の規制にあたつていたことは当事者間に争いがない。)。

(8) 第二梯団が右折した直後、同梯団の後部で、デモ隊員が機動隊員の頭部を殴るという公務執行妨害被疑事件が発生し、別紙図面二のの箇所にいた第一中隊所属の小宇佐佳和巡査(以下「小宇佐巡査」ともいう。)が、被疑者を検挙するため、左手で右被疑者のえり首をつかんだところ、被疑者はデモ隊の中へ逃げ込もうとし、原告は、同巡査の左上腕部に手をかけたり、右被疑者のひざを西幸門方向に引つ張つたりし、また他のデモ隊員も右被疑者の体を引つ張るなどし、同巡査から右被疑者を引き離そうとし、同巡査との間で引き合いになつた。そのとき、第一中隊の右側(日比谷中日ビル側)が、別紙図面三に示すように、第二梯団の後部を包み込むように転回した。このころ、第二梯団の他の数か所においても機動隊員がデモ隊員に対する検挙活動を行ない、デモ隊員と機動隊員との間で混乱状態が生じ、第二梯団前部のデモ隊が逆流するような形となり、別紙図面三のに示す位置で日比谷中日ビルの方を向いてデモ隊員と機動隊員とを離そうとしていた原告は、後(西幸門側)から押されて前のめりに倒れ、地面に手をついた。このとき、原告の左斜め前方にいた木藤や原告の前にいた数人のデモ隊員も転倒した。

(9)  原告は、日比谷中日ビルの方を向いて立ち上つた時機動隊の隊列の前から二列目で、原告から約二メートル前方にいた機動隊員が、所持していた長さ約1.3メートルの中隊長旗又は副隊長旗の柄の先端部分(旗の付いている部分)を右手で持ち、最前列の機動隊員の肩越しに右手を伸ばし、旗の柄の部分を振り下ろして原告の頭頂部左側を一回殴打した。

(10)  原告は、(9)の機動隊員の暴行により、全治一二日を要する長さ約四センチメートルの頭頂左前部挫創の傷害を負い、動労の組合員に付添われて、動労のワゴン車で東京都港区西新橋三丁目一九番一八号所在の東京慈恵会医科大学附属病院(以下「慈恵医大病院」という。)に運ばれた。

(二) <証拠>によると、長さ約1.2〜1.3メートルの木製棒に該当するものとしては、まず警杖が考えられるところ、警杖は、本来警戒区域を単独で警備にあたる場合に用いられ、デモ行進の警備には通常使用されないものであつて、本件においても警杖を携行せよとの指示がなかつたため、当日は機動隊員全員が長さ0.6メートルの警棒を所持し、警杖を所持していた者はいなかつたこと、次に長さ約1.2〜1.3メートルの木製棒に該当するものとして考えられるものは警杖と同じ形状、材質の柄を有する隊旗があり、当日も各副隊長及び中隊長の伝令が右隊旗を所持していたが、原告本人は、別紙図面三の位置で機動隊員から暴行を受けたと供述するところ、その際一番近くいたと考えられる第一中隊の伝令の三次正美は、終始同中隊の右側(日比谷中日ビル側)に位置していたため、同人がその所持する中隊長旗をもつて原告の頭部を殴打することは、両者の位置関係からして無理であることが認められる。

しかしながら、<証拠>によれば、右三次以外にも、第五中隊の伝令、第一機動隊副隊長の伝令及び並進機動隊の伝令が、中隊長旗、副隊長旗などの旗を所持していたことが認められ、第二梯団の各所でデモ隊員の検挙活動が行われていたという混乱状態のもとにおいては、各機動隊員が常に位置にいるとは限らないし、右混乱状態、とりわけ、機動隊員の側からすると原告が検挙活動を妨害していたと認められる状況にあつたことに照らすと、旗を所持していた機動隊員のなんびとかが、旗を逆に持つてその柄の部分で原告の頭部を殴るという行為に及んだとしてもあながち不自然とはいえないから、右に認定の事実は、前記2(9)の認定の妨げになるものではないし、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

3 被告は、原告が負傷したとすれば、それは、機動隊員の携行する大楯の角あるいは側端にぶつかるなどして生じたものである旨主張し、証人本間玄規も、原告の受傷の部位、形状からして原告の負傷の原因が被告の主張のとおりであるとしても何ら矛盾するものではない旨の証言をする。

しかしながら、被告の右主張は次の理由により採用することができない。

(一) 証人友保杉夫、同小宇佐佳和は、小宇佐巡査が公務執行妨害被疑事件の被疑者を検挙しようとしてそのえり首をつかんだところ、原告と思われる者が右被疑者を西幸門方向に引つ張るなどし、最終的には小宇佐巡査及び友保杉夫警部補らがデモ隊の中に分け入つて右被疑者を検挙した旨供述し、また、証人小口恭道及び原告本人は、原告が倒れた際に原告の前にデモ隊がいた旨供述しているから、原告が倒れた時には原告の前にはデモ隊員がいたと認められ、原告が直接機動隊員の所持していた大楯に接触する位置にいたとは認め難く、原告が大楯の角又は側端にぶつかつたことを積極的に窺わせる証拠もないこと。

(二) 証人小口恭道及び原告本人は、原告が機動隊員から暴行を受けた状況を具体的に供述するところ、右供述内容は前後の状況について証人木藤寿夫の証言など他の証拠とも一致するものであつて、格別不自然な点や矛盾する点も認められないこと、証人本間玄規の証言によれば、原告の受傷は、原告らの供述するような暴行によつても生じうるものであると認められること、<証拠>によれば、原告は、昭和五八年四月五日の受傷当日午後五時四〇分ころ、慈恵医大病院において本間玄規医師の診察を受けた際、同医師に対し、デモの付添の際、機動隊に木の棒で頭部を殴られて負傷したと述べたことが認められ、こちらからすれば証人小口恭道及び原告本人の供述の信用性は高いものと認められること。

二機動隊員が被告の公務員である事実は当事者間に争いがなく、前記一の事実によると、機動隊員が原告に暴行を加え傷害を負わせた前記一2(九)の行為は、被告の公務員である機動隊員がその職務を行うについて、故意にした違法な行為である。

したがつて、被告は、原告に対し、右行為により原告に生じた損害を賠償する責任があるというべきである。

三進んで、原告が被つた損害について検討する。

1  <証拠>を総合すれば、原告は前記受傷により、慈恵医大病院に昭和五八年四月五日の初診から同月一六日に全治するまでの間に、前記傷害の治療のために八回、同年五月一二日、破傷風の予防注射のために一回、それぞれ通院し、同病院に対し、治療費として合計一万二五八二円(診断書料を含む。)を支出したことが認められ、これに反する証拠はない。

2 また、前記一で認定の事実によれば、原告は、前記暴行及び傷害を受けたことにより、精神的な苦痛を被つたことが認められ、本件訴訟に現われた一切の事情を斟酌し、右精神的苦痛は一〇万円をもつて慰謝するのが相当である。

3  さらに、原告が本訴の提起、追行を原告訴訟代理人らに委任したことは記録上明らかである。そして本件事案の性質、難易、本訴における請求額及び認容額その他諸般の事情を勘案し、被告が賠償すべき弁護士費用として二万円を認めるのが相当である。

4  したがつて、被告の賠償すべき額は、右1から3までの合計一三万二五八二円ということになる。

四以上の次第であるから、被告は、原告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、損害賠償として一三万二五八二円及びうち前記弁護士費用二万円を除いた一一万二五八二円に対する違法行為の日である昭和五八年四月五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告の本訴請求は、右の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言及びその免脱の宣言につき同法一九六条一項、三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官菅原晴郎 裁判官一宮なほみ 裁判官加藤正男は転補のため、署名、捺印することができない。裁判長裁判官菅原晴郎)

別紙図面一〜三<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例